北里大学 薬学部 衛生化学 教室のHPです。 衛生化学教室では、生物の生存に必須な酸素が生体に与える影響について主に研究しています。

衛生化学教室とは

衛生化学教室ではどのような研究をしているか?

1)脂質酸化を介した新しい細胞死(リポキシトーシスとフェロトーシス)と関連疾患の解析および治療法の開発

2)GPx4の生体内新規機能とリン脂質ヒドロペルオキシドの生体シグナルとしての機能解析

研究概要

 生体膜を構成するリン脂質は、主に2位の位置に不飽和脂肪酸を有しているため、様々な疾患や紫外線による障害時などにより酸化を受け、1次酸化生成物としてリン脂質ヒドロペルオキシドが生じ、更にアルデヒドやカルボン酸含有リン脂質に分解・代謝されることが報告されている。我々の研究室ではこのリン脂質ヒドロペルオキシドをグルタチオン依存的に還元する酵素GPx4の遺伝子構造を明らかにし、このGPx4ノックアウトマウスの解析から、ビタミンEとGPx4によるリン脂質ヒドロペルオキシドの生成抑制が細胞や個体の生存に必須であることを明らかにした。さらに、このGPx4欠損による細胞死は、これまで報告のあるアポトーシスや世界で注目されている二価鉄を介した脂質酸化依存的細胞死フェロトーシスとも異なる新規細胞死であることを見出し、リポキシトーシスと名付けた。本研究室では、リポキシトーシスを介した疾患をひきおこすリン脂質ヒドロペルオキシドの新規生成機構や、細胞死実行経路、制御因子を明らかにすることを目的に研究をすすめている。さらに組織特異的GPx4欠損マウスの解析から、疾患との関連、治療薬のスクリーニング等を行なっている。また当研究室で見出したGPx4の3つのタイプの生体内での新しい機能についての機能解析も進めている。 

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現在進めている研究テーマ

1:新規細胞死リポキシトーシスの実行メカニズムの解明

2:腸内細菌叢の変化による心不全突然死抑制メカニズムの解析

3:GPx4が関連するヒト疾患の解析と治療薬のスクリーニング

4:核小体型GPx4によるがん抑制、細胞周期制御機構の解析

研究背景と研究トピックス

 本研究は、今井が1993年に北里大学薬学部に赴任してから始めたGPx4(別名PHGPx:リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ)に関する研究からはじまっており、すべて北里大学薬学部の院生、学生とおこなってきたものです。その当時、まだ遺伝子構造が明らかではなかった、生体膜リン脂質の酸化一次生成物であるリン脂質ヒドロペルオキシドをグルタチオン依存的に還元する酵素GPx4の遺伝子のcDNAクローニングを1995年に行なったことからはじまる(Fig.1)。

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 GPx4は一つのゲノム遺伝子から、細胞内のオルガネラの分布の違う3つのタイプが転写翻訳されるのが特徴で、ミトコンドリア型、非ミトコンドリア型(細胞質と核に存在)と核小体型が存在する。また本酵素は活性中心に微量元素セレンを含むセレノシステインをもつセレンタンパク質のひとつで、人では25種類のセレンタンパク質が存在する(Fig.2)。

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 我々はこれまでに、ミトコンドリア型GPx4は、ミトコンドリアを介するアポトーシスの抑制因子であることや、その欠損は男性不妊症の原因であることを明らかにしている。 非ミトコンドリア型GPx4は、現在世界で注目されている二価鉄を介した脂質酸化依存的な細胞死フェロトーシスの制御因子として、また我々が見出した二価鉄非依存性の脂質酸化を介した新規細胞死(リポキシトーシス)の制御因子として注目されている。核小体型GPx4について我々は核小体の防御因子としての機能を明らかにしている。 さらにマウスゲノムのクリーニングをおこない、2003年には世界ではじめてGPx4のノックアウトマウスが胚発生過程で致死となることを報告し、GPx4は個体や細胞レベルでの生存に必須であることを見出した(Biochem. Biophys. Res. Commun. 305 (2) 278-286 (2003))。次に組織特異的GPx4欠損マウスやオルガネラ選択的GPx4欠損マウスを作成するために、我々はCre-LoxPシステムおよびトランスジェニックレスキュー法(J. Clin. Biochem. Nutr. 46 1-13 (2010))を用いて(Fig.3)、脳、心臓、肝臓、精巣、網膜特異的GPx4欠損マウスなどの作成を行なった。

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 精巣特異的GPx4欠損マウスでは、雄の精子数の減少、精子の運動機能の低下によるオスが不妊であることを明らかにした(J. Biol. Chem. 284(47)32522-32532. (2009))(Fig.4)。我々はこれ以前に重度の男性不妊症患者の精子においてGPx4タンパク質が発現低下していることを世界で初めて見いだしている(Biol. Reprod. 64 674-683 (2001))(Fig.5)。このことから精子でのGPx4の減少は男性不妊症の原因であることを明らかにしました。

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 脳GPx4欠損マウスおよび肝臓GPx4マウスは出生直後死、網膜特異的GPx4欠損マウスは、出生後失明した。 心臓特異的GPx4欠損マウスは胎児致死となるが、母親にビタミンE添加食を与えると正常にうまれ、正常に生育できる。一方、離乳時期に通常食に変えると約15日で不整脈を伴う心突然死を引き起こした。このように心筋細胞が正常に機能するためには、ビタミンEとGPx4により内在性に生成する脂質酸化を抑制することが重要であり、酸化ストレス等によるこの内在性に生成する脂質酸化の亢進は心不全の原因となることが明らかとなった(Fig.6)。

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現在、我々はこのビタミンE低下による心不全の予防薬のスクリーニングをおこなっており、抗生剤の飲水投与がこの心不全を抑制することを見出した。その抑制メカニズムを検討したところ、腸内細菌叢の変化が関与していることが明らかとなり、現在、心不全を抑制できる腸内細菌の同定も試みている。
このように、様々な正常組織におけるGPx4の欠損は細胞死を誘導することから、GPx4を欠損した時にどのような細胞死メカニズムがおきているのかを明らかにするために、タモキシフェン誘導型GPx4欠損MEF細胞を作成し、タモキシフェン添加によるGPx4欠損細胞死のメカニズムを現在も解析しています。この細胞では培地にタモキシフェンを添加するとGPx4のゲノム遺伝子を破壊できGPx4欠損細胞死が約72時間後に誘導されます。このGPx4欠損細胞死も脂質酸化を介し、ビタミンE添加で抑制されます(Fig.7)。我々はこのGPx4欠損細胞死が既知のアポトーシスやフェロトーシスとも異なることから、リポキシトーシスと名付けました。

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 これまでに、米国Stockwellらが2012年に提唱した、抗がん剤エラスチン(シスチントランスポーターの阻害剤)やRSL3(GPx4阻害剤)による 二価鉄を介した脂質酸化依存的な細胞死(フェロートシス)と、我々が樹立したMEF細胞におけるGPx4欠損細胞死(リポキシトーシス)は、細胞死にかかる時間がフェロトーシスが15時間ぐらいなのに対して、リポキシトーシスは72時間と遅く、鉄のキレーターでリポキシトーシスは抑制できないことから、リポキシトーシスとフェロトーシスは異なる細胞死と考え、網羅的shRNAライブラリーをスクリーニングしたところ、リポキシトーシス選択的な細胞死実行因子(Lipo遺伝子)をこれまでに5個見出しており、脂質酸化の下流で働く分子を多数見出していることから、リポキシトーシスとフェロトーシスが異なる細胞死であることを見出しています。特にLipo-3阻害剤はリポキシトーシスを抑制しますが、フェロトーシスを抑制しません(Fig.8)。現在我々はこのLipo遺伝子の機能解析を進め、リポキシトーシスの細胞死実行経路を明らかにしようとしています。

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 最近の研究トピックスとして、東京慈恵会医科大学との共同研究にて、タバコ病とも呼ばれるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の発症原因に、GPx4発現低下とフェリチノファジーによる二価鉄の蓄積が関与することを明らかにし、Nature Communication (2019)に採択されプレスリリースを行いました(Fig.9)。

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