微生物資源からの新しい抗生物質や生物活性物質の開拓

1.脂質代謝阻害剤の探索

 近年、日本でも生活習慣の欧米化により、高脂血症、動脈硬化、肥満などの生活習慣病 (いわゆるメタボリックシンドローム) がようやく大きな社会問題となっており、その予防・治療薬の開発は重要な研究課題となっています。私たちの研究室では、それよりも以前から長年、脂肪酸、コレステロールや中性脂肪 (トリアシルグリセロール(TG の略)やコレステリルエステル(CE の略)) などの脂質代謝に注目し、さまざまな評価系を構築し、微生物資源から数多くの新しい化合物を発見、報告してきました。微生物資源からの創薬研究は日本が世界に誇るべき研究分野であり、私たちはこの脂質代謝の領域で最も活発に阻害剤の探索研究を実施してきた研究グループの一つであります。
 これまで探索を進めてきた評価系の一つとして、動脈硬化初期病巣に見られるマクロファージ泡沫化(脂肪的形成)を観察する系があげられます。すなわち、1)マクロファージ内に形成される脂肪滴をオイルレッド O と呼ばれる色素で染色し、その形態を顕微鏡下で観察する方法(下図)、2) 放射標識したオレイン酸を人工リポソームとともに取り込ませ、細胞内に形成された脂肪滴の構成成分である CE TG を定量する方法の 2 種を用いています。その中で、真菌の培養液からシクロデプシペプチド構造を特徴とするボーベリオライド類を CE 生成阻害剤として発見しました。ボーベリオライドは、動脈硬化を発症させたマウスにおいて毒性を示すことなく動脈壁や心臓壁での中性脂質の沈着を抑制することから動脈硬化予防・治療薬のリードとしての発展が期待されています。

 最近では、アイソザイム特異的な ACAT 阻害剤の探索(前述、研究のハイライトの項を参照)を進めるとともに、ジアシルグリセロールアシル転移酵素(DGATについてもアイソザイム選択性を精査する評価系を構築し、その阻害剤の探索を開始しています。DGAT は、ジアシルグリセロールと長鎖アシル-CoA を基質とする TG 生成のための重要な酵素であり、抗肥満などの有用な標的分子となりうることが期待されています。DGAT もまた2つのアイソザイムが知られており、その選択性が創薬開発に重要なファクターであると考えられています。そうした中、私たちグループは、これまでラット肝ミクロソームを酵素源として DGAT 阻害剤の探索を実施してきました。真菌の培養液より 5 種のアミデプシン類(トリデプシド骨格にアミノ酸が結合)やローズリピン(偶数位がすべてメチル化された脂肪酸にマンノースとアラビニトールが結合)などの興味深い阻害剤をいくつか発見してきました。これら化合物の DGAT1 DGAT2 に対する選択性や細胞レベルでの効果についてはまだ不明な点も多く、DGAT を標的とする抗肥満薬の開拓は重要と考えられます。それとともに今後、この評価系を利用して微生物由来の新規阻害剤の探索も進めていきます。