本研究科における過去の実績をふまえ、抗ウイルス及び抗ガン薬の開発を目指した天然物化学・遺伝子工学・計算機化学・蛋白質工学・合成化学などを応用する最先端の総合技術開発プロジェクトを展開し、下記の成果を得た。
(1)mRNAキャッピングシステムの多様性とそれをタ−ゲットとした抗真菌剤および抗ウイルス剤の開発(水本):ヒトと真菌あるいはウイルス間でのmRNAキャッピング酵素の構造と機能の相違点を明らかにすると共に、それらを標的とした特異性の高い抗真菌剤および抗ウイルス剤のスクリ−ニング系を開発した。主な成果として:1) ヒトと真菌(病原性酵母)のキャッピング酵素の構造上の大きな相違点の発見と,それを利用した抗真菌剤の簡便なスクリ−ニング系の確立、2)インフルエンザウイルスポリメラ−ゼが有する特異なキャップ付加反応(cap snatching) の in vitro アッセイ系の構築、パラミクソウイルス(センダイウイルス)粒子によるin vitro転写・キャッピング系を用いた抗ウイルス剤スクリ−ニング系の構築、上記3つのアッセイ系を用いる天然物を対象としたスクリ−ニングの実施とそれぞれの系での数種類の候補物質の取得−が挙げられる。現在,これらの化合物の精製,同定とその作用機序の解析を進めている.
(2)微生物由来の抗HIV活性物質の探索(田中):微生物由来の抗HIV薬のリ−ド化合物の発見を目的として、gp120-CD4 結合阻害剤の探索を北里研究所との共同で展開し、抗HIV活性を有するisochromophiloneやchloropeptinを発見した。特に、chloropeptinは、gp120-CD4結合阻害作用のみならず、T細胞及びマクロファージ指向性の巨細胞形成阻害作用と強い抗HIV作用(HIV-1IIIB /MT-4,IC50 : 1.6μM)を有するのに細胞毒性は認められず、抗HIV薬のリ−ド化合物として注目される。また、Tat阻害剤及びRev阻害剤の系を確立し、微生物代謝産物をスクリーニングした。現在、数種の候補物質が得られており、精製と構造決定を進めている。
(3)トランスジェニック植物培養細胞による生物活性成分の生産(吉川):生薬・天然物質からの抗HIV及び抗ガン活性物質の単離を目的として、トランスジェニック植物培養細胞から単離した多くの新規物質の構造決定と活性評価を行っている。カンゾウやオウゴンなどの薬用植物の各種配糖化酵素をクロ−ニングし、大腸菌で発現したリコンビナント配糖化酵素(UDP-glucuronosyltransferase)を用いて多数の天然及び非天然の第二次代謝産物を取得し、それらの構造を明らかにすると共に、生物活性を調べている。これらの中にはHIV-vpr遺伝子発現阻害活性を有するquercetin誘導体が含まれており、それらの活性に興味が持たれる。
(4)gp120-CD4 結合阻害剤の結合配座決定とそれに基づく新規阻害剤の分子設計(広野):上記(2)で得られたchloropeptin I は6個の芳香族アミノ酸と1個の芳香族2-オキソ酸から構成されているが、これらのうち、3種の立体配置未決定のアミノ酸N-methyltyrosine, 3,4-dihydroxyglycine tryptophan
については、高温分子動力学計算による配座探索とNMR解析とを組み合わせて、それらの立体配座をS, R, R 体と決定し、併せてchloropeptin I の3次元構造を決定した。また、共鳴ミラ−法により測定した解離定数からchloropeptin I はBSAよりCD4に約2桁強く結合し、CD4に対して特異性があることがわかった。さらに、可溶性CD4-chloropeptin I複合体のマススペルトル測定の結果、少なくとも、CD4にchloropeptin Iが2分子結合できることがわかったので、 現在、CD4-chloropeptin I (2分子)複合体モデルの構築を行っている。
(5)gp120-CD4 結合阻害薬 chloropeptin の全合成研究(高柳): chloropeptinは鍵工程となる構造を分子内に複数有する比較的大きな分子なので、左右2つの16員環を形成している部分に分け、まず、それぞれの合成を検討した。左側部分については、構成単及びN-methyl-L-tyrosineの置換基及び保護基を導入した誘導体を合成し、これらを順次縮合してトリペプチドを合成した。右側部分については、構成単位アミノ酸であるD-4-hydroxy-phenylglycineのクロル誘導体とのジペプチドを合成した。現在、得られたジペプチドと chloropeptin 分子の中央部分に相当するD-4-hydroxyphenylglycineのヨウ素誘導体との結合について検討を行っている。今後、右側部分の合成で得られた知見をもとに、左側部分の環状トリペプチドとの結合に関する検討を行い、ペプチド鎖を延長する予定である。
(6)細胞周期阻害剤 trichostatin A 及び butyrolactone 1 によるマウス神経芽細胞腫由来 Neuro 2a 細胞の分化誘導(田中):ヒストン脱アセチル化阻害剤であり、細胞周期を阻害することが知られているtrichostatin A (17nM) 及び cdc 2/cdk 2 kinase の阻害剤であり、やはり細胞周期を阻害することが知られているbutyrolactone 1(23.6μM) はNeuro 2a細胞のネットワ−ク形成を誘導し、神経突起の特徴である高いacetylcholinesterase活性を著しく増大させることがを見い出した。また、trichostatin A は G1 期のみを阻害し、ヒストンの過アセチル化と p21WAF1 の発現を上昇させた。これらの結果から、神経分化の誘導には butyro-lactone 1 と p21WAF1 のタ−ゲット分子である cdk の阻害によって引き起こされるG1 期の停止が必要であることが示唆された。従って、これらの薬剤は細胞分化機構解明のツ−ルや抗ガン剤のリ−ド化合物となり得ると考えられる。
本プロジェクトは平成8年に採用され本年度で5年経過し、一応終了となるが、上記の成果をふまえ、これらの研究をさらに継続発展させたいと考えている。
今後の研究方針は、下記の通りである。
(1)本プロジェクトで開発・構築されたアッセイ系を用いる天然物を対称としたスクリ−ニング:@キャッピング酵素阻害作用を有する抗真菌薬の探索、A特異なキャップ付加反応を阻害する抗インフルエンザ薬の探索、Bin vitro 転写・キャッピングを阻害する抗パラミクソウイルス薬の探索
(2)抗 Tat 活性を有する抗 HIV 薬の探索の続行並びに合胞体形成阻害を指標としたHIV接着・侵入阻害剤の探索
(3)トランスジェニック植物培養細胞及び植物由来のリコンビナント酵素を用いる天然及び非天然の生物活性物質の生産
(4)Chloropeptin 関連新規阻害剤の分子設計と合成
今後、本プロジェクトの研究をさらに発展させると同時に、本研究科で進められている他の関連研究を含む複数のサブプロジェクトからなる総合プロジェクトを推進するための新しいハイテク・リサ−チ・センタ−を平成14年度からスタ−トすべく計画している。
4. 施設・装置・設備・研究費の支出状況 目次へ戻る
○支出額
平成8年度
・施 設 12,687,345円(内訳:法人負担6,647,345円、私学助成6,040,000円)
・装 置 82,400,000円(内訳:法人負担43,260,000円、私学助成39,140,000円)
・設 備 20,600,000円(内訳:法人負担7,452,000円、私学助成13,148,000円)
・研究費 10,313,133円(内訳:法人負担5,309,133円、私学助成5,004,000円)
平成9年度
・研究費 13,523,074円(内訳:法人負担7,223,074円、私学助成6,300,000円)
平成10年度
・研究費 25,450,337円(内訳:法人負担12,950,337円、私学助成12,500,000円)
平成11年度
・研究費 38,111,307円(内訳:法人負担19,111,307円、私学助成19,000,000円)
平成12年度
・研究費 27,134,044円(内訳:法人負担13,934,044円、私学助成13,200,000円)
総 額
・施 設 12,687,345円(内訳:法人負担6,647,345円、私学助成6,040,000円)
・装 置 82,400,000円(内訳:法人負担43,260,000円、私学助成39,140,000円)
・設 備 20,600,000円(内訳:法人負担7,452,000円、私学助成13,148,000円)
・研究費 114,531,895円(内訳:法人負担58,527,895円、私学助成56,004,000円)
総 計 230,219,240円(内訳:法人負担115,887,240円、私学助成114,332,000円)