闘魚の闘争時における2個体の行動と転写産物の同調現象の発見


北里大学薬学部の岡田典弘・特任教授、Trieu-Duc Vu・研究員らは、岩﨑裕貴・長浜バイオ大助教ら国内6組織および国外3組織の研究者と国際共同研究を行い、2匹の闘魚 (Betta splendens) を同じ水槽に入れて戦わせたところ、それらの行動パターン及び、脳における遺伝子の発現パターンが同調するという現象を発見しました。しかも同調する遺伝子の発現量はペアーごとに異なりペアーに特異的であることが見出されました。これらの発見は、高等動物で対になった社会的な関係が生じたときには、競争的であれ協同的であれ、その相互作用によって相互の個体の脳中での遺伝子発現がペアー特異的に同調するという可能性を示唆します。将来的には戦いのみならず、共感という現象をも分子生物学的に説明する手がかりになると期待できます。

<背景>

様々な高等動物において、食料や交尾相手を奪い合うために、同種間の雄同士での戦いが起こることが観察されています。興味深いことに、同種間での戦いは一定時間の後に相手に深刻な損傷を負わせる前に、相手の能力を見極めた段階で勝敗を決することで中断されることが知られています。このように、同種間の戦いは高度にコントロールされていますが、その詳細なメカニズムについては明らかにされていません。

<研究の成果>

本研究では、戦っている2個体の間で、それらの行動及び、脳における遺伝子の発現パターンが同調するという現象を発見しました。2匹の雄の闘魚 (Betta splendens)を同じ水槽の中で戦わせて(図1)、攻撃・噛みつき行動(strikes and bites) および水面での息継ぎ行動 (surface breathing)の頻度を時間軸に沿って観察したところ、2匹のこの行動パターンが戦っているペア特異的に同調していることを見出しましまた(図2)。この現象をより詳細に遺伝子レベルで調べるために、それぞれの脳内における遺伝子の発現をRNA-seq法で調べたところ、闘魚の脳内の遺伝子発現が戦うペア間で同調することを発見しました。その同調の程度は20分ではやや弱く、60分後には非常に強くなります(図3)。60分後の戦いではコントロールに対して発現量に差の見られた約2400個の遺伝子の内で約60%の遺伝子(1522遺伝子)が5つのペアーのいずれかで同調していました。しかもこの同調遺伝子の約半数は5ペアー全てで同調し(737遺伝子)、しかも同調した時の遺伝子の発現量はペアー特異的であることも見出されました(図4)。闘魚は自ら行った戦いの勝敗を記憶していることでもよく知られた魚です。そこで記憶に関与する遺伝子を調べたところ、それらはペアー特異的に同調していて(図4のcalm2aは記憶に関与するカルシウムチャンネルの遺伝子)、ペアーごとに独自のpathwayを用いていることが示唆されました。このことは戦いの記憶がペアー特異的で独特であるということに対応しているように思われます。脳における遺伝子発現パターンの同調は、行動パターンの同調よりもやや遅れて観測されます。これらのことから、脳の遺伝子発現パターンは、2個体の間での行動パターンを反映していることが予想されますが、行動の同調と遺伝子の発現パターンの同調の間にどのような関係があるのかは今後の課題です(図5)。

図1
図2
図3
図4
図5

<展望>

人を含む様々な高等動物では、社会的相互作用において、ニューロンの活性パターンが同調するということが知られています。これらの現象の背景には、本研究で発見された転写の同調現象があるのではないかと予想されます。本研究で、行動学の分野や神経科学の分野で観察されている様々な同調現象を分子生物学的に説明する基本原理を提案できたのではないかと考えています。

<用語解説>

*1 闘魚(Betta splendens)
スズキ目オスフロネムス科の淡水魚。一般的には観賞魚として知られている。攻撃性が高く、同種の雄同士を同じ水槽で混泳させると喧嘩を始めてしまう。闘魚の喧嘩は平均して70−80分にも及ぶことが知られている。エラの上部に上鰓器官(ラビリンス器官)と呼ばれる補助呼吸器官をもっており、口から吸込んだ空気で呼吸することも可能である。

*2 RNA-seq法
次世代シーケンサー(NGS)を用いてサンプル中に含まれる転写産物(RNA)の発現量及び配列を調べる方法。本研究では脳全体から抽出したRNA配列を逆転写酵素によってcDNAに逆転写した後シーケンシングを行った。

【発表雑誌】

雑誌名:PLoS Genetics
掲載日:2020年6月17日 米国東部標準時間 午後2時
論文タイトル: Behavioral and brain-transcriptomic synchronization between the two opponents of a fighting pair of the fish Betta splendens.
Betta splendensの戦うペアーの対戦相手間での行動上および脳内転写産物の同調現象)
著者:Trieu-Duc Vu, Yuki Iwasaki, Shuji Shigenobu, Akiko Maruko, Kenshiro Oshima, Erica Iioka, Chao-Li Huang, Takashi Abe, Satoshi Tamaki, Yi-Wen Lin, Chih-Kuan Chen, Mei-Yeh Lu, Masaru Hojo, Hao-Ven Wang, Shun-Fen Tzeng, Hao-Jen Huang, Akio Kanai, Takashi Gojobori, Tzen-Yuh Chiang, H. Sunny Sun, Wen-Hsiung Li and Norihiro Okada
(Trieu-Duc Vu、岩﨑裕貴、重信秀治, 円子顕子、大島健志朗、飯岡恵里香、Chao-Li Huang, 阿部貴志, 玉木聡志、Yi-Wen Lin, Chih-Kuan Chen, Mei-Yeh Lu, 北條優, Hao-Ven Wang, Shun-Fen Tzeng, Hao-Jen Huang, 金井昭夫, 五條堀孝, Tzen-Yuh Chiang, H. Sunny Sun, Wen-Hsiung Li and 岡田典弘)

【本研究に対するお問い合わせ先】

北里大学薬学部寄附講座「健康長寿ゲノム講座」
特任教授・岡田典弘
電話: 042-778-7108
Email: okadano [at] pharm.kitasato-u.ac.jp