研究内容

PHGPxプロジェクト

◆研究内容

Sch. of Pharmaceutical Sci.

衛生化学教室

北里大学薬学部・大学院薬学研究科

Kitasato University

Lab. of Hygienic Chemistry

 生体膜を構成するリン脂質は、主に2位の位置に不飽和脂肪酸脂質を有しているため、様々な炎症部位や紫外線などにより、リン脂質の酸化がおき、1次生成物としてリン脂質ヒドロペルオキシドが生じ、更にアルデヒドやカルボン含有リン脂質に代謝されることが報告されている。一般的には、これらの過酸化脂質の生成による細胞障害としては、細胞の生体膜の崩壊による細胞死、それに伴う炎症を想定する場合が多い。しかし、どのような過酸化脂質が、病態の進展と関連しているのか、そのメカニズムについてはほとんど明らかになっていない。我々は最近、生体膜に微量に生じた脂質ヒドロペルオキシドが生体膜の崩壊を伴わずに細胞死制御に関与していることなどを見いだしており、現在このメカニズムの解明に取り組んでいる。

 我々のグループでは、図1に示すように、生体膜に生じたリン脂質ヒドロペルオキシドを直接還元できる主要な酵素、リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(PHGPx、GPx4)のノックアウトマウスや高発現株などの解析から、細胞内のオルガネラ局所で生じる脂質ヒドロペルオキシドの生理的な役割について解析を行っている(細胞工学、Vol 26, No11, 1269-1275(2007)、実験医学 Vol.27 No.15 112-117, (2009)参照)。本酵素の特徴は図1に示すようにひとつのゲノム遺伝子から、ミトコンドリアに局在するミトコンドリア型、核小体に局在する核小体型、細胞質及び核に存在する非ミトコンドリア型の3つのタイプが転写、翻訳され、細胞内のオルガネラのリン脂質ヒドロペルオキシド生成を制御していることである。

 またPHGPxは活性中心にセレノシステインという特殊なアミノ酸を有しており、必須微量元素セレンを含むヒトに25種類存在するセレン蛋白質の一つである。PHGPxはすべての臓器に発現しているが、特に精巣、精子にその発現が高い。我々は重度の男性不妊症患者の精子においてPHGPxの発現低下症を世界で初めて見いだしました(Biol. Reprod.  64  674-683 (2001))。この患者の精子は図2に示すように精子数が少なく、精子のミトコンドリアの膜電位が低下しており、運動能が速やかに消失するために不妊となる。



 そこで次に、マウスでPHGPxの発現低下が不妊の原因となるのかについて本酵素の全PHGPxノックアウトマウスの作成を行ったところ、意外にも図3に示すように発生過程の7.5日から8.5日に間で致死となることを明らかにした(Biochem. Biophys.Res.Commun. 305 (2) 278-286 (2003))。PHGPxは精子形成のみならず、発生過程でも必須であること、受精卵の増殖にも必須であることが明らかとなった。

胚致死では、個体レベルでのPHGPxの機能、特に不妊症との関連を明らかにできない。そこで次にコンディショナルノックアウトマウスの作成を試みた。また、PHGPxには3つのタイプが存在するので、それぞれのタイプの欠損マウスを作成するために、我々は、図4に示すようにトランスジェニックレスキュー法とCre-loxP法組み合わせた方法を確立した (J. Clin. Biochem. Nutr. 46 1-13 (2010))この方法は内在性のPHGPxが欠損しているところに、PHGPxゲノムTG遺伝子をマウスに導入することにより胚致死をレスキューする方法である。この方法により、loxP配列を含むPHGPxゲノムTG遺伝子(このマウスは臓器特異的PHGPx欠損マウスに作成に利用できる)や、3つのタイプのPHGPxの開始コドンに変異の入ったTG遺伝子を導入したマウスの作成(個々のタイプのPHGPx欠損マウス)に成功している。


 このPHGPxloxPマウスを用いて、精巣特異的PHGPx欠損マウスの作成を行った。その結果、図5に示すように精巣でのPHGPx欠損は、精子形成細胞が致死となり、その結果、精子数の著しい減少及び、精子のミトコンドリア膜電位の低下がみられた。また精子の構造異常が見られオスマウスは不妊となった。この症状は上述したヒト不妊症と同様のフェノタイプを示した(J. Biol. Chem. 284(47)32522-32532. (2009))。このことから、PHGPxの欠損はヒトの不妊症の原因となることを明らかにできた。


 また図6に示すようにPHGPxを細胞レベルで欠損させると、これまで報告のないような新規の細胞死がおきることもわかってきた。










 私たちのグループでは現在、様々な臓器特異的PHGPx欠損マウスの作成を試みており、PHGPxのいろいろな組織における機能や、それぞれのタイプのPHGPxの個体レベルでの機能解析、さらにPHGPx欠損による細胞死のメカニズムについて、脂質メタボローム解析や分子生物学を駆使して、PHGPxの病態との関連、脂質ヒドロペルオキシドの生体での新たな機能について解析を進めています。


科学技術振興機構 さきがけ「代謝と機能制御」




親電子性化合物によるスフィンゴ脂質代謝酵素の発現制御機構とその生理的意義の解析(熊谷)



ミトコンドリアの特異的膜脂質カルジオリピンの過酸化と細胞死・疾病への関与(幸村)



線虫C. elegansにおける酸化ストレス消去機構の解析(坂本)

 

リン脂質ヒドロペルオキシドグルタチオンペルオキシダーゼ(PHGPx)の個体レベル、細胞レベルでの新規機能の解析

〜脂質ヒドロペルキシドによる細胞機能制御と疾病との関連の解析〜

(今井・松岡)